今年の母の日、夫と子どもたちからプレゼントをもらいました。
内容は、イヤホンをしまえる小さなポーチと、ポケモンのぬいぐるみ。
お花も素敵だけど、私はどちらかというと実用的なものが好きなので、これは大当たり!
「めっちゃ助かる〜ありがとう〜!」と、思わずニッコリしてしまいました。
子どもの頃、私は「母の日」に何もしてこなかった
そんな嬉しい気持ちの裏で、ふと頭をよぎったことがあります。
「私って、自分の母に“母の日”なにかしたことあったっけ…?」
正直、ほとんどありません。
母の日や父の日がいつなのかも、子どもの頃の私はよくわかっていませんでした。
どうやって「ありがとう」を伝えればいいのかもわからなくて、結局なにも言えなかったんですよね。
小学生のとき、ぎこちなく言った「ありがとう」
一度だけ、小学生のときに「ありがとう」と言った記憶があります。
でも、うまく伝えられなかったのか、相手の反応もあいまいで、なんだかモヤモヤ…。
気まずさだけが残って、それ以来しばらくは何もしない期間が続きました。
頑張って選んだプレゼントが、まさかの「これいらない」
大学生になって、バイト代で少し余裕ができた私は、「今年こそ何か贈ろう」と思いました。
母の日に、母が使えそうな財布を選んでプレゼント。
だけど、母の反応はまさかの一言。
「これいらない」
あのときの衝撃は今でもはっきり覚えています。
せっかく気持ちを込めて選んだのに、「なんでそんな言い方されなきゃいけないの?」とすごく傷つきました。
それ以来、10年近く、母の日も誕生日もなにもしませんでした。
今ならわかる。「いらない」は悪いことじゃない
今になって思うのは、
母が「いらない」と思うのも、そう伝えるのも、悪いことではないということ。
ただ、もしそのとき「ありがとう。でもこれはちょっと使わないかもね〜」とか
少しオブラートに包んでもらえたら、私はもうちょっと素直に受け止められたかもしれません(笑)
逆に私も、「自分が気持ちとお金を使ったから!」と押しつけがましかった部分もあったなと。
プレゼントって、気持ちの押し売りじゃなくて、やりとりなんですよね。
私も「誰かのママ」になって、やっとわかったこと
今、私は5歳と1歳の男の子のママ。
子どもたちからもらったポーチとぬいぐるみは、もちろん嬉しかったし、
それ以上に**「自分のことを考えてくれた」**っていうその気持ちが、何より嬉しかったです。
「ママ、いつもありがとう」と言われたら、それだけで心が満たされる。
その言葉を素直に「嬉しい」と思える自分に、ちょっと驚きました。
これからは、ちゃんと「嬉しいよ」と伝えたい
母の日じゃなくても、ちょっとしたことでも、子どもたちからの気持ちには
「ありがとう、嬉しいよ」と、ちゃんと伝えていきたいと思います。
昔の私は、気持ちの伝え方がわからなかった。
でも今の私は、もらう側としてその気持ちのありがたさを感じられるようになりました。
おわりに:母になって見える景色
母の日が終わって、改めて思ったこと。
私は誰かの“ママ”なんだ。
当たり前だけど、当たり前じゃないこの存在に、ちょっと胸がジーンとしました。
母としての毎日は、正直大変なことも多いけど、それでもこうして「ありがとう」をもらえるって、すごいこと。
来年の母の日も、その先も、
私は「ありがとう」を受け取れるママでありたいし、
自分の母にも、遅くなっても「ありがとう」を伝えていきたいなと思います。